東京高等裁判所 昭和25年(ネ)177号 判決
控訴代理人は原判決中、「原告その余の請求はこれを棄却する」とある部分を除き其の他の部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする旨の判決を求め被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は原判決の事実摘示と同一であるから該事実を引用する。<立証省略>
三、理 由
控訴人深井竹太郎が訴外牧田清之助から同人所有の東京都墨田区錦糸町四丁目五番地の二、宅地八百七十六坪九合四勺を賃料一箇月二百十五円毎月末日拂、期間昭和二十九年十月三十一日という定で賃借し、地上に木工工場を建築所有していたが、昭和十九年中実施の強制疎開によつて、原判決末尾添附図面表示の(イ)(ロ)(ル)(ヘ)(ト)(ヲ)(ワ)(カ)(ヨ)(タ)(レ)(イ)の各点をそれぞれ直線で連結した線で囲まれた三百八十三坪二合五勺の土地(以下乙地と呼ぶ)に減少したこと、右木工工場が昭和二十年三月十日の空襲で罹災焼失したこと、同控訴人は昭和二十一年右牧田との合意で、右乙地と同坪数の同上図面(イ)(ハ)(ニ)(ホ)(チ)(ヌ)(イ)の各点をそれぞれ直線で連結した線で囲まれた三百八十三坪二合五勺の土地(以下甲地と呼ぶ)を賃料一箇月八十円七十八銭毎月末日拂という定で賃借したこと及び被控訴人が昭和二十二年三月二十五日本件土地を右牧田より買受けその所有権を取得したことは当事者間に爭がない。又原審証人佐藤四郎の証言並びに当審における被控訴会社代表者中村左武郎の訊問の結果によれば賃貸借区域を乙地をやめて甲地とする右約定のできた日は被控訴人主張の同年八月ではなくして控訴人等主張の同年五月中であること、同控訴人は右乙地にあつた建物が右戰災で焼失してから焼跡はその儘に放置し、引続きこれを使用しなかつたので、右牧田は地球製薬株式会社に貸與してしまつたところ、翌二十一年四月頃同控訴人から右借地の使用の申出があり、牧田は從來の関係もあることから引続き貸すこととしたが、当時の土地の状況から考え、結局從來貸していた右乙地の借地部分に換えて甲地の部分の賃貸借ができたものであること及びその際、牧田は右地球製薬株式会社から既に土地使用の対價を貰つている関係上、同控訴人にその事情を話し、右会社に返さなければならないところの昭和二十年三月一日からの地代を拂つて呉れるよう申入れたところ、同控訴人はこれを承諾し、右日時に遡つて一箇月金八十円七十八銭の地代をも支拂う旨の約定ができたことが認められる。右認定に反する原審並びに当審における同控訴人の訊問の結果は信用し得ないし、その他の控訴人等の提出援用の証拠によつては右認定を覆すに足りない。
被控訴人において、右賃貸借契約の賃借人であつた同控訴人は、昭和二十年三月一日以降の賃料の支拂をしないので右牧田は同控訴人に対し、昭和二十一年十月三十日附、翌三十一日到達の書面で同月末日までの延滞賃料合計千六百十五円五十銭を書面到達後五日内に支拂われたく、その支拂がないときは、これを條件として賃貸借を解除する旨の催告並びに條件付契約解除の意思表示をしたにもかかわらず、これが支拂がなかつたので右賃貸借は右催告期間の満了した同年十一月五日限り解除により終了した旨主張する。右牧田が同控訴人に対し右書面により被控訴人主張の催告並びに條件付契約解除の意思表示をしたこと、同控訴人は同催告に係る金員の支拂をしなかつたこと及び同控訴人は当時、右牧田に対し昭和二十一年五月一日から同年十月三十一日までの賃料合計四百八十四円六十銭の延滞していたことはいずれも同控訴人の認めるところであり、また同控訴人が昭和二十年三月一日以降昭和二十一年四月末日までの賃料を支拂う旨の特約をしたことは前認定のとおりであるから他に特段の事由のないかぎり右賃貸借は昭和二十一年十一月五日限り解除により終了したものといわなければならない。
(一)、控訴人等は控訴人深井竹太郎は右賃貸借締結の際それ以前に遡つて昭和二十年三月一日以降の賃料をも支拂う旨の特約したことはないし、仮りにかような特約をしたとしても、元來、從前の借地である乙地の借地権は戰時罹災土地物件令(以下單に物件令と呼ぶ)第三條の規定によつてその行使を禁ぜられ、公布の日である昭和二十年七月十二日(同令附則参照)から昭和二十一年五月甲地についての賃貸借を締結するまでは、賃料支拂の義務は発生しないのであるから、賃料を遡及して支拂う旨の右特約はこの法律の規定を潛脱する行爲として無効であり結局、同控訴人の賃料の延滞分は前記のように四百八十四円六十銭にすぎないのであるから本件の催告は過大金額の支拂の催告として不適法の催告というべきでその効力を生じ得ない旨抗爭するけれども、そもそも物件令第三條において借地権の存続期間は建物の滅失した時からその進行を停止すると同時に、借地権者をしてその権利を行使することを得ないものとし、地代又は借賃の支拂義務を発生しない旨を定めたのは、同令第四條において、その借地上の罹災建物に罹災当時居住していた者の罹災後における住居を確保させる方途を講ずると同時に、借地権者をして行使し得ない借地の賃料支拂の義務を強うるは公平を欠き、酷であるからその利益のためいわゆる借地権の休眠状態を作つたものにすぎないものと解するを相当とする。この趣旨から推しすすめると本件のように罹災建物の敷地である土地の使用の関係が土地所有者と借地人との関係だけで、同令第四條によつてその居住を保護される者すなわち罹災当時建物に居住していた者がいない場合においては、土地所有者と賃借人との間でその借地につき新たな借地契約を結ぶことは勿論、かような賃貸借の締結に際し、遡及して賃料支拂の特約をすることは法の禁止するところでないと考えるから、同控訴人と牧田とが前説明のように借地の一部を変更し新たに借地法に基く賃貸借を締結すると同時に被控訴人主張の賃料の遡及支拂の特約をすることは、許さるべきものであつて、かような契約が同令第三條の規定を濳脱する行爲であるとしてこれを無効であるというべきでない。
(二)、つぎに控訴人等は牧田の本件賃貸借契約の解除は権利の濫用であると抗爭するけれども、権利の濫用ありというには、その権利の行使が権利者に何等の利益とならず、單に債務者を苦しめることを目的とするものと考えられる場合にのみ観念すべきものであるから、たとえ、同控訴人等のいうように控訴人深井が先代時代からの借地人であり、戰災で地上建物が燒失するまで誠実に賃料の支拂をしてきたということ、右催告解除の時期が終戰の翌年で、いまだ終戰時の混乱が去つていなかつた等の事情があつたとしても、右催告解除を権利の濫用であると断ずることはできない。同控訴人が前記のようにその義務たる賃料の支拂を延滞し、これが催告をうけたにもかかわらずその定める期間内にこれが支拂をしない以上は牧田は解除権をもつことは当然である。
控訴人等の右(一)及び(二)の抗弁はいずれも理由がないから前認定のように本件賃貸借契約は昭和二十一年十一月五日限り解除により終了したものであるというべきで、控訴人等は本件土地を占有する権限がないものと断ずるを相当とする。
控訴人等は被控訴人は控訴人深井と牧田との間に伏在するすべての事情を知つて、本件土地を買受けたのであるから被控訴人が所有権に藉口して土地の明渡を請求するのは権利の濫用であると抗爭するけれども、そのしからざることは前記の本件解除権行使が権利濫用であるとの主張に対する説明によつて理由のないことが明らかである。
控訴人等は昭和二十一年五月中の賃貸借は、甲乙両地がその範囲を同じくする限りでは、物件令第四條第四項の規定によつて結ばれたもので(從つてその存続期間は罹災都市借地借家臨時処理法第二十九條第三項第一項の規定によつて昭和二十三年九月四日まで)であるから被控訴人主張の解除が有効とすれば右競合部分の土地については右解除と同時に控訴人深井の從前の賃貸借に基く賃借権が復活したものであり、控訴人等はこの借地権に基いて競合部分の土地を占有するものであるから、本訴請求中少くとも右競合部分に関する明渡の請求は失当であると抗爭するけれども、前説明のように昭和二十一年八月中に当事者間に締結された甲地の賃貸借は物件令による借地関係ではなく、借地法上の賃貸借であるから控訴人の右主張は採用するを得ない。
しからば、控訴人深井は本件土地上に原判決末尾添附の目録(二)乃至(六)記載のバラツク並びに工作物を所有し、控訴人碇谷、遠藤、納谷が同上(四)、控訴人本吉が同上(二)記載の各バラツクに居住し本件土地を各占有していることは当事者間に爭がないから、控訴人深井はその所有のバラツク及び工作物を收去し、その他の控訴人等は各居住する右バラツクから退去して本件土地を被控訴人に明渡す義務があることは明らかである。
訴外牧田が控訴人深井に対して昭和二十年三月一日から右賃貸借解除の日である昭和二十一年十一月五日まで一箇月金八十円七十八銭の延滞賃料債権をもつていたことは前認定により明らかである。また控訴人深井が右賃貸借解除後も本件土地を牧田に返還しなかつたことは当事者間に爭のないところであるから反証なきかぎり牧田は右解除の日の翌日である同年十一月六日から右土地を被控訴人に讓渡した昭和二十二年三月二十五日まで一箇月金八十円七十八銭の從前の賃料と同額の損害を蒙りつつあるものというべきであるから、同控訴人に対し、これが損害賠償債権を取得したものと認めるを相当とする。被控訴人が牧田から昭和二十二年三月二十五日右債権を讓受けたことは成立に爭のない甲第二十号証の一及び原審証人佐藤四郎の証言によつて認めることができ且つこれについては牧田が昭和二十四年九月十五日附同月二十三日到達の書面で控訴人深井に対し債権讓渡の通知をしたことは当事者間に爭がないから、控訴人深井は被控訴人に対し、右賃料並びに損害金を支拂う義務あるものである。
なお控訴人深井は被控訴人が昭和二十二年三月二十五日本件土地を買受けてその所有権を取得した後も、依然として右土地を占有していることは前説明によつて明らかであるから、同控訴人は反証のないかぎりその翌二十六日から被控訴人をしてその相当賃料と同額の損害を蒙らしめているものというべきところ、その相当賃料は被控訴人主張のとおりであることは当事者間に爭がないから、同控訴人は被控訴人に対し右二十六日から昭和二十三年十月十日までは一箇月八十円七十八銭、同月十一日から昭和二十四年五月三十一日までは同五百四十九円三十一銭、同年六月一日から本件土地明渡済にいたるまでは、同千二百七十六円二十二銭の各割合による損害金を支拂う義務があるものといわなければならない。
しからば、原審が控訴人深井は原判決末尾添附の目録(二)乃至(六)の物件を收去し、控訴人碇谷、遠藤、納谷は同上目録(四)、控訴人本吉は同上目録(二)各記載のバラツクからそれぞれ退去して、同上目録(一)記載の土地を明渡し、且つ控訴人深井は昭和二十年三月一日から同年七月十一日まで及び昭和二十一年五月一日から昭和二十三年十月十日までは各一箇月金八十円七十八銭、同月十一日から昭和二十四年五月三十一日までは一箇月金五百四十九円三十一銭、同年六月一日から右明渡の済むまでは一箇月金千二百七十六円二十二銭の各割合による金員の支拂うべき旨言渡したのは正当で、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四條第八十九條第九十五條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 中島登喜治 小堀保 渡辺好人)